情報提供お願いします


以下のお話は1997年頃に、とあるイベント会場で無料配布されていた印刷物を写したものです。
原文は縦書きでしたが、ホームページの都合で横書きにしました。
イラストは原文とは無関係です。

同じ時期に、これと似たような話のアニメが東海地方のテレビの深夜に放送していた記憶があります。

この話の続編、または関係あると思われる情報をお持ちの方は、ぜひ 掲示板 から声をかけてください。



              時の果て    第1章


5月6日、ゴールデンウイークも終わる頃。
みゆきは家族旅行の帰りで飛行機の中。飛行機は何事もなく東京に向かっていたかに思えた。
しかし東京に着く頃、突然窓の外が光ったと同時に飛行機は制御を失い、やがて墜落した。

みゆきは生きていた。
強い日差しで目を覚ましたみゆきは辺りを見渡す。そこは木が生い茂ったジャングルのような場所。

『私・・・どうしてこんなところに? 確か飛行機の中で・・・。』

飛行機の中で窓の外の光を見た後の記憶がない。

『ここはどこなんだろう。それにしても暑いなぁ。5月なのにまるで真夏みたい。』

辺りには誰もいない。木の枝が風に揺れる音だけが聞こえる。みゆきは歩き出した。草に覆われた地面の間にはアスファルトが見える。木々の間からコケとツルにまぎれてガードレールが見えた。車もコケとツルに覆いつくされていた。みゆきは不思議そうに思う。そしてしばらく歩くと信じられない光景が飛び込んできた。

イメージ

『ここは新宿!?なのにこの木々はいったい・・・。』

見覚えのある高層ビルが立ち並ぶ光景を見て、そこが新宿だと気づいた。
みゆきは何もかもが分からず立ちすくんだ。道路だった場所には木々が生い茂り、ビルの外壁にはコケやツルがびっしりと張り付いていた。

『まるでジャングル・・・何百年も人が住んでないような光景。ん・・・? 誰も住んでいない!? まさか・・・。』

みゆきはすっかり変わり果てた新宿の街で人を探し始めたが誰もいない。

『なぜ誰もいないの。お父さん、お母さん・・・。なんで私がこんな目にあうの。これからどうしたらいいの・・・。』

みゆきはどうしていいのか分からず泣き出した。やがて辺りも暗くなり、歩き疲れたみゆきは公園のベンチで眠った。

翌朝。

『おなかすいたぁ。昨日から何も食べてない。何か食べないと・・・。そーだ、コンビニに行けは何かあるかも!』

みゆきは新宿に多少の土地勘はあっが、木々が生い茂ってる上にコケやツルで覆われた建物ばかりで、見渡してもどこか分からない。木の枝の隙間から見える高層ビルだけが目印だった。
みゆきはコンビニだったと思われる建物を見つけて中に入った。

『なにこれ・・・こんなところまで・・・。』

木々の枝やツルが店内にも入り込み、ありとあらゆるものを覆いつくしていた。さらに人々がいなくなり電気も止まったコンビニの弁当などは変わり果てた姿になっていた。

『うわぁー、ひどい。お菓子や缶詰なら食べれるかな。缶ジュースも大丈夫かな。』

おなかがすいていたみゆきは、やっと食べ物にありつけた。

『うーん、これって本当なら泥棒よね。でも何か食べないと死んじゃいそうだし・・・。』

久しぶりにおなかいっぱいになって少し落ち着きを取り戻した。

『ふうぅ、おなかいっぱい。とりあえず当分は食べ物には困らないかな。でもこれからどうしたらいいんだろう・・・。』

あてのないみゆきは、ひたすら街中をさまよい歩くしかなかった。

『家に帰りたい。でも新宿からでは遠すぎるし。この様子では電車もバスも動いてるはずないし。』

家に帰れば、お父さんやお母さんにも会えるかもしれないと思ったが、交通機関が使えない上に帰り道も分からなくて、どうすることもできなかった。

『これからどうしたらいいんだろう。私このままジャングルの都会で死んでいくのかな。』

大学生のみゆきには、あまりにも過酷な環境で、何もできずに時間だけが過ぎていった。

『いつまでもこうしていられない。どうしてこんなことになったのか調べれば何か分かるかも。でもどうやって・・・。そうだ、都庁に行けば何か分かるかもしれない。都庁なら近いはず。』

都庁の形をした建物を目指して歩き出した。それほど遠い距離じゃないのに生い茂った木々が邪魔でなかなか進めない中、やっとの思いで都庁の前までたどり着く。

『都庁は社会見学の時以来かな。まさかこんなことでまた都庁に来るなんて。あ・・・電気がついてる! ここはまだ人がいるんだ。』

しかし、その電気は停電時のための非常灯だった。

『誰かいると思ったのに・・・。やっぱりここも誰もいないのね。』

一度は来たことがある都庁とは言っても、広い都庁の中で何を探していいのやら分からず、エレベーターも使えない高層ビルでは、階段で上の階に行くのも大変なことだった。
そんな中、ある部屋の机の上に置かれていた書類に気づいた。

『何が書いてあるんだろう。』

みゆきはこんなことになった真実を知りたい気持ちと、事実を知る怖さが入り混じっていた。そして書類の日付に目が付く。

『1996年7月12日? え・・・』

『私、2ヶ月も気を失ってたんだ。でもこの書類がずいぶん前のものだとしたら・・・。とにかく何でもいいから調べなきゃ。』

みゆきは書類に目を通し始めた。そこには次のように書かれていた。

【5月6日14時8分に新宿東口付近に航空機墜落後、人が消えていく事件についての報告】

『5月6日の14時と言ったら、確か旅行の帰りの飛行機の中・・・。私が乗っていた飛行機のことだわ。あの窓の外に強い光が見えた後墜落したんだ・・・。私が生きていたんだから、きっとお父さんやお母さんもどこかで生きてるよね。』

飛行機が墜落しただけでも大変なことなのに、そんなことは問題にされず、書類には人々が消えていくことについて情報を集めようとしている内容でいっぱいだった。
みゆきは何がなんだか分からないまま途方にくれた。

『街の人が消えたということは、お父さんやお母さんも友達もみんな消えちゃったのかな。もう誰もいないのかな。どうして自分だけ残ってるんだろう、自分もいずれ消えるのかな。』

絶望感と不安だらけの中、何をしていいのか分からないまま時間だけが過ぎていく。
みゆきは寝泊りに困らない都庁の近くのシティホテルで生活することにした。

『こんな大きなホテル初めてだなぁ。せっかくだからスイートルームで暮らしたいけどエレベータは動かないし、階段で上るのはきついし・・・。コンビニから食べ物持ってきたり公園の池まで洗濯に行ったりしなきゃいけないから一番下の階が便利かな。』

ひとりぼっちになって何日も過ぎた頃には、あれこれと生活のことを考えるようになっていた。

『もう何日誰とも口をきいてないんだろう。このまま誰とも話すことなく死んでいくのかな・・・。』

いつものように近くのコンビニに食べ物を取りに行きながら先の不安を感じていた時・・・。

『おーい!』

誰かが呼ぶ声がした。
久しぶりに聞く人の声にみゆきは驚いた。

『あなたは・・・。』

『良かったーまだここにも人がいたんだな!俺はたかし。例の人が消えていく事件以来、街を離れて生活してたんだけど、食料などを取りに戻ってきてたところだよ。君は?』

『私はみゆき。びっくりだよ、もう誰もいないと思ってた。』

『俺もびっくりさ。まさかここで人に会えるとは思ってなかったからな。』

『この辺りならコンビニに食べ物あるし、しばらくは生活にも困らないからここで暮らしてたの。』

『ここにいちゃいけない。ここは危ないから早く離れた方がいい!』

『危ない?どうして?』

『詳しいことは後で話す、とにかく俺たちが生活しているところに行こう。』

『俺たち?ということは、他にも人がいるんだね。』

『あ、あぁ・・・。この街にはもう誰もいない。でも俺が暮らしているところには人がいるんだ。』

『うん、分かった。私も行く。もうこんな誰もいないところは嫌だし。』

『よし、行こう!でも・・・俺が暮らしてるところもどんどん人がいなくなって、もう数人しかいないんだ。』

『そう・・・でも、誰もいないよりはいいよ。私もそこに行きたい。でもその前に一度家に帰りたい。もしかしたらお父さんやお母さんが待ってるかもしれないし。大田区だからちょっと遠いけど連れてってほしいの。』

『それは無理だ。この辺りはどこも危険だ。それにみんな俺が食料を持ち帰るのを待ってるからのんびりしてられない。』

『そうよね、それにお父さんやお母さんだけが生きているとは思えないよね・・・。』

『あ、ごめん。もしお父さんやお母さんも生きてたら、きっとどこかで会えるさ!』

『うん・・・。』

『よし、そうと決まればバイクで行くぞ、道がこれでは車は走れないからな。』

道路は木々が生い茂っていて車は走れないため、たかしはバイクでここまで来ていた。みゆきは初めて乗るバイクの後ろでたかしにしがみつきながら話した。

『飛行機が墜落したでしょ。私その飛行機に乗ってたの。』

『あの新宿に墜落した飛行機に乗ってたのか!生存者は誰もいないと言われてたのに・・・。』

『墜落してから2ヶ月ぐらい気を失ってたみたいで、なぜ東京がこんなジャングルになったのか、なぜ人がいないのか何も分からないの。』

『いや、だとするとみゆきが気を失っていたのは2ヶ月じゃない、1年以上気を失ってたことになる。今は1997年の8月だよ。』

『えっ、そんなに・・・。でも、なぜ私がそんなに長い間生きていられたの?』

『分からないよ。俺が知ってることは新宿は3日もたたないうちに人々がいなくなったことと、田舎ではまだわずかだけど人がいることだけ。それより生きていただけでも良かったじゃないか。』

『私たちもいずれ消えちゃうのかな。消える時って痛いのかな、苦しいのかな。』

『そんなこと考えてても仕方ないだろ、今俺たちができることは、こうして食い物探して生きることさ。』

『こんなことになってたかし君は怖くないの?どうして平然としていられるの?』

『みゆきは気を失っていた期間が長かったせいで今の状況に慣れてないだけだよ。俺はこんな状況で1年以上も生活してるから慣れて当然さ。怖いと思うこともあるけど、生きていくことを考えるだけで精一杯だからな。それに俺、大学卒業してから仕事も見つからずブラブラしてたから、生きるために必死になってる今の方がずっと生きがいあるんだぜ!』

『へぇ、仕事もせずにブラブラしてた人が、こんな状況になって生きがいがあるなんて・・・。』

『まじめに働いて型にはまった人生より、何が起きるか分からない今の方がきっと俺には向いてるんだ。』

意識を取り戻してまだ1週間ほどしかたってないみゆきとは違い、こんな状況でもたくましく生活しているたかしは、今のみゆきにとって頼もしく思えた。

みゆきはバイクの後ろでたかしにしがみつき話し続けた。

『この街の木はいったい何? 私が気を失っていた1年3ヶ月の間にこんなことになったの?』

『いや違う。このジャングルはわずか1週間でできたんだ。人々が消えるたびに木は増えていった。』

『そんな・・・。まるで消えた人が木になったみたいじゃない。』

『俺もそう思ったんだ。消えた人たちは木になったんじゃないかと。突然生えた木は人が多い街ほど多く、人が少ない山奥ではほとんど変わっていない。』

『そうだとしたら、なぜ人は木になったのかな?私が乗っていた飛行機が墜落する時、窓の外が思い切り光ったの。それと何か関係あるのかな。』

『確かにあの飛行機墜落事件のすぐ後に人々が消え始めた。関係あるかもしれないけど俺には分からない。』

みゆきを乗せたバイクはやがて都心を抜けて郊外まで来た。
たかしが言っていたように、人が少ないところほど木も少なく、視界も良くなってきた。
都心がいかに木々で覆い尽くされていたか分かる。

『たかし君、どこまで行くの?まだ人はいないの?』

『もっともっと田舎さ。』

『なぜそんな田舎で生活してるの?食べ物にも困るでしょ。』

『人が多い街はわずか3日で人が消えたんだ。あんなに多くの人がいたのに。でも田舎ほど人が残ってるから不便でも田舎で暮らす方が安全だと思ったんだ。』

『そうだったの・・・。』

『街は危ないと気づいた俺たちは人が少ない田舎で暮らすことにしたけど、この辺りのお店の食べ物はもうないんだ。だからコンビニやスーパーが多い街まで食料を取りに行かなきゃいけない。俺たちは交代で街まで食料を取りに行くことにしたが、行ったきり帰ってこなかった人もいる。多分消えてしまったんだろう。』

『ということは、さっきたかし君は命がけで新宿まで食料を取りに来てたってこと?』

『そうさ、そうするしか生き残る方法がないんだから。』

『たかし君・・・さっき今は生きがいがあると言ってたけど、本当にそう思ってるの?怖くないわけないでしょ!』

『そりゃ・・・怖いさ。街に行く順番が回ってきた時、どこかへ逃げてしまおうかと思った。でも、この状況の中で安全な場所なんてきっとないんだ。外国からの連絡もないところを見ると、きっと世界中で同じことが起きているんだ。どこへ逃げても同じ。』

『そう・・・そうよね。変なこと聞いちゃってごめん。』

『いいんだよ、俺は強がったこと言うのが似合ってると思ってたけど、こんな状況で強がってても仕方ないしな。それに、みゆきに出会えた時、すごく嬉しかったんだ。人に会えたことが久しぶりだからな。』

『たかし君・・・こんな状況で1年以上も・・・すごく怖かったよね?苦労したよね?』

『まぁ・・・な。確かに怖いし不安だらけだけど、慣れたのは本当だ。慣れなきゃやってられないからな。』

『私、まだ意識が戻ってから数日しかたってないから、たかし君の本当の苦労分からないかもしれないけど私も協力するから!』

『あぁ、よろしくな!』

突然置かれた先の見えない状況の中、みゆきはたかしと協力して生きていくしかないと感じていた。
たかしのバイクは街から遠く離れた田舎の山奥の小さな民家までたどり着いた。

『たかし君・・・?こんなところに本当に何人も人が住んでるの?ねぇ、たかし君?どうしたの?』

みゆきは嫌な予感がした。どう見ても人が住んでいる気配はなかった。あるのは小さな民家と静まり返った中に、かすかに聞こえる風の音だけだった。

『ごめん・・・。実はもう何ヶ月も前から俺ひとりなんだ。』

『え・・・。じゃあ、なぜ人がいるなんて嘘ついたの?』

『もし誰もいないと言ったら、ついてきてくれないんじゃないかと思ったんだ。だからつい・・・。』

『・・・・・・・』

たかしの言うとおりだった。街にいれば当面の生活には困らなかったみゆきにとって、見知らぬ人と2人っきりで、どこかも分からない場所に行く勇気なんてなかった。

『確かに本当のこと聞いてたらついていかなかったかもしれない・・・。』

『いいんだ、俺が悪かった。もし本当に嫌だったら、みゆきの家がある大田区まで送り届けるよ。』

『いいよ、家に戻っても親が待ってるなんて、こんな状況ではとても考えられないし。それに、さっきたかし君が言ってたように、街ほど人が消えてしまうのが本当だとしたら街に戻るのも怖い。』

『街ほど先に人が消えてしまったのは本当だよ。だからみんな街を離れて山奥で生活してきたんだから。』

『ということは、以前は何人もここに住んでたってこと?』

『あぁ、ここの民家には俺を含めて5人が住んでた。きっと他の山奥の民家でも何人か生活してたと思う。』

『じゃあ、たかし君以外の人たちはみんな消えちゃったってこと?』

『いや、多分消えたのは1人だけだ。街まで食料を取りに行ったきり帰ってこなかった。もしかしたら消えたのではなく食料を持って逃げたのかもしれない。もう今となっては分からないけど。』

『それなら、他の人たちはどこに行ったの?』

『それは・・・。』

みゆきの攻め立てるような質問に答えるのがつらくなったたかしは言葉が止まってしまった。だが、仕方なかったとはいえ、だまされたみゆきのいらだちは、たかしへの質問をより一層強めていた。

『いったい何があったの?ちゃんと話してよ、私には何も分からないんだから!』

『・・・俺が殺した。殺すしかなかったんだよ!』

『え・・・。どうして・・・?ただでさえ少ない仲間をなぜ殺さなきゃいけなかったの?』

『生きるためだよ。世の中の機能が失われて1年以上たつんだ。食料がないんだ。生きていくためには限られた食料を少しでも多く手に入れるしかなかったんだ。』

『だからと言って殺してまで食料を自分のものにしようとしたの?』

『1人が街に食料を取りに行ったまま帰ってこなくなった後、残った俺たち4人は互いに緊張し合っていたんだ。食料を取りに行けば死ぬかもしれない。逆に食料を取りに行って、そのままどこかに逃げれば、限られた食料を独り占めできるかもしれない。きっと俺を含めみんな同じこと考えていたと思う。そんな中、1人が俺が食料を取りに行くと言い出したんだ。命がけの食料調達は順番で行くルールだったのに、突然そんなことを言い出したから食料を持ち逃げされるんじゃないかとみんな疑ったんだ。危機感を感じた俺たちは、そいつを殺した。だけど互いの緊張はより高まり、いつ殺すか殺されるか分からなくなり気が変になりそうだった。俺はもう我慢できなかったんだ。この場から逃げようとしたらおそらく殺される、逃げなくてもそのうち殺される。とにかく安全に手に入る食料はもうなかったんだ!だから俺は殺される前に残った2人を殺したんだ!』

みゆきは今置かれている本当の過酷さを知り、この状況で生きていくことの厳しさを改めて感じた。

『じゃあたかし君は、ただでさえ食べ物に困っている中で、なぜ私をここまで連れてきたの?そんなに食べ物が大事なら自分ひとりの方がいいじゃない!私だっておなかすくんだよ、食べ物なしでは生きていけないんだよ。そのうち私も殺すつもりだったの?』

『いや、それは違う!そんなことは思ってない!』

『だったらなぜこんな時に私をだましてまでここに連れてきたの?たかし君が危険だという街で1週間も1人で生きてきたんだよ!こんなところでいつ殺されるのか分からない状況におびえながら一緒に暮らすより街で1人で暮らしたほうがいいわ・・・。』

『俺はみゆきを見つけた時から一緒に暮らしたいと思ったんだ。ただそれだけだ・・・。』

『どんな理由があっても、人殺しと一緒に暮らすなんて嫌。』

『もちろん無理にここで暮らせとは言わない。どうしても嫌なら、行きたいところまで連れて行くから。』

『・・・・・・・』

みゆきはどうしていいのか分からなくなっていた。
たかしと別れてどこかで1人で暮らしても、孤独感、いつ消えてしまうか分からない恐怖、今まで生活してきた街に戻っても食料は残ってるとはいえ、いつまでもあるわけじゃない、たかし以外の人を探す当てもない。
どれを選んでもつらい選択だった。

『みゆき、今日はもう疲れただろ、今日はここで休んでいけよ。そして明日どうするかよく考えればいいよ。街に帰るなら俺は反対しないし、ここにいてくれるなら大歓迎だ。わずか3日で人が消えてしまった街なのに、みゆきは1週間も消えずに生きていられたんだ、みゆきには特別な何かがあって消えずに生きていけるかもしれないしな。』

『・・・・・・・』

今のみゆきにはたかしの優しい言葉も耳に入らなかったが、疲れていたみゆきはたかしの住んでいる民家で眠りについた。

『・・・んん・・・私寝ちゃったんだ。』

みゆきは気づいたら布団の上にいた。いつの間にか眠ってしまったみゆきをたかしが部屋まで運んでくれていた。

『みゆき、おはよう!』

『お・・おはよう。私昨日あれから・・・。』

『やっはり疲れてたみたいだね。ぐっすり寝てたよ。朝ごはん食べるか?昨日食料持ってきたばかりだからいろいろあるぞ。』

『う・・・うん。』

昨日からろくに食べてなかったみゆきは、おなかがすいてて仕方なかった。
昨日のこともあり、ちょっとぎこちない雰囲気のまま、たかしと一緒に菓子とドリンクという、朝食とは言えない食事を済ませた。

『みゆき、昨日の事だけど・・・どうする?』

『私、たかし君と一緒に暮らしてみる。こんな状況では私ひとりでどうすることもできないし・・・。』

一晩ぐっすり眠ったみゆきは冷静を取り戻していた。
ひとりで当てもなく暮らすより、人殺しとは言っても、たかしと暮らした方が良いと思い始めていた。

『よっしゃー!、2人の新たな生活の始まりだ!』

『何よその喜びようは・・・。一緒に暮らしたら、だだでさえ少ない食料が早く減るんでしょ?喜んでていいの?』

『そんなこと分かってる。みゆきと一緒に暮らせるなら食料に困ってもかまわない。だってみゆきのこと好きだからさ!』

『えっ・・・。』

みゆきは突然好きと言われてあせった。勢い任せで言ってしまったたかしも、ちょっと恥ずかしそうだった。

『ふふっ、ありがとう、たかし君!』

久しぶりにみゆきに笑顔が戻った。
人を殺したと言っても、こんな状況でのことだし、たかしはきっと悪い人じゃないと思えるようになっていた。
こうして2人の新しい生活が始まった。月日がたつにつれ、みゆきはたかしのことを心から信頼できるようになっていた。


      −−− 1年後 −−−


『たかしー、そろそろ食料なくなりそうだから取りに行ってくるね。』

『あぁ、いつもすまんな、頼むよ、俺の好きなものいっぱい持ってきてくれよ!』

『はーい!』

人が消えてしまう街でも1週間も消えなかったみゆきは、自分だけは消えない何か特殊な力があるんだと思い、街に食料を取りに行くのは、みゆきが自ら行くことにしていた。
限りある食料にいつまでも頼ることはできないと、たかしは自給自足を目指して未経験だった作物作りに励んでいた。

街に残された食料も少なくなり、遠くまで足を運ばないと安全な食料が手に入らなくなって、朝出かけたみゆきが戻るのは夕暮れになった。
そして今日もやっとの思いでみゆきが食料を持ち帰ってきた。

『ただいまー、たかしの好きなコーヒーやビーフシチューいっぱい持ってきたよ、重くて大変だったんだから。賞味期限も過ぎてるし、そろそろ怪しいけどね。』
『たかし・・・たかしー!』

何度呼んでも返事がない。いつもなら畑で疲れきってぐったりしながら、おかえりー、待ってたよ!と言ってくれるはずなのに、その姿がどこにもない。
いつも以上に静かで木の枝がかすかに風に揺れている音だけが聞こえる。

『まさか・・・。』

小さな平屋建ての民家、探す場所なんてなかった。家の中にも畑にもたかしの姿はなかった。
そして畑の脇に見慣れない小さな木が生えていた。みゆきには何が起きたのかすぐに予想がついた。

『たかしーーー! イヤーーー!』

人が消えるところを見たことなかったみゆきだったが、たかしから人が消えて今の世界になったことを聞かされている以上、事実として受け入れるしかなかった。
それが今日、たかしが消えたこと、人が消えるとそこには木が生えていることも。

みゆきは、元はたかしだったであろう木に抱きつき、いつまでも離れることができなかった。
そして木の根元の地面にたかしが残したメッセージが書かれていることに気づいた。

【せめて俺たちの子供の顔を見るまではこの世にいられるはずだったのに、ごめん。】

『え、どういうこと? 消えるなんて忘れかけていたのに、なんで今頃・・・』

意味深なメッセージを読んだみゆきは、もう何がなんだか分からず、ただ泣きじゃくるだけだった。

『たかし・・・。きっといつかはこうなるって知ってたのかな。私に心配させないために言わなかったんだよね。つらい思いさせてごめんね。ずっと一緒にいたのに気づいてあげられなかった。たかしがいなくなるなんて考えもしなかった。ごめんね・・・たかし。』

偶然の出会いから始まり、現実では考えられない世界の中で、たった2人で生活してきた1年間。
唯一の生存者でもあり、愛するたかしを失ったショックで何もできず、そのまま木にもたれかかるように眠り込んだ。

しばらくして目覚めたみゆきは、元はたかしだった木を見つめる。まだ数時間しかたってないはずなのに、ずいぶん大きくなったように見えた。

たかしの木をお墓にしてあげるために、たかしが残した物を探していた時、隠してあった袋が出てきた。
中を見てみると、たくさんの化粧品と婚約指輪が入った箱が出てきた。

『こんなものいつの間に・・・。』

それは、普段化粧することもなかったみゆきへのプレゼントだった。そしていつかは渡そうと思っていた婚約指輪。

『街に行くのは危険だとあれほど言ってたのに。私のために取りに行ってくれたんだ。危ない思いして怖かったよね。婚約指輪なんて・・・。こんなものまで用意したのに恥ずかしくて渡せなかったのかな。いつも強気なことばかり言ってたくせに、いざという時に勇気が出なかったんだね。ありがとう、たかし。』

今になってたかしの優しさがより一層感じられてさらに涙が出た。

『私、どうして・・・どうしてこんな目にあうの。私も消えたい、消えてたかしのところに行きたい・・・。もうひとりぼっちで生きていけないよ・・・。』

みゆきは生きていく気力を失っていた。愛する人がいなくなり、誰もいない世界で1人、それは今のみゆきにとって何よりもつらい世界だった。

『たかし・・・私もうダメ。生きていけない。すぐに会いに行くから。』

みゆきはたかしが用意してくれた化粧品を持って鏡の前に座り、久しぶりに化粧をして婚約指輪もはめた。見違えるほど綺麗になった自分が鏡に映っていた。

『たかし、綺麗になった私を見てくれるかな。見たらなんて言うかな。照れ屋のたかしのことだから褒めてもくれないかな。』

たかしのいる世界に行って仲良く暮らしてる自分を想像しながら、ナイフを持ち外に出て向かいの小川に入り、冷たい水の中で左手の手首にナイフを当てた。

『たかし、おいていかないで・・・。私も行くからね。』

綺麗な透き通った小川に赤い血が広がり、冷たい水の中で次第に意識が薄れていった。みゆきは寂しさに耐え切れず自ら命を絶ち、たかしに会いに行くことを選んだ。
人が次々と消えた中で生き残ったみゆきでも、孤独、寂しさに耐えることはできなかった。

人類最後だったみゆきもいなくなり、世界は新たな時代を迎えることになる。



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